20代の終わり
引越し前の家の退去日前日、夜。
掃除等をするために引越し前の家に行く。同居人がベッドを解体している。
粗大ゴミの申請が遅く、ゴミ袋に入るサイズまで解体して明日捨てて行くとのこと。
僕は解体を行なっている部屋以外の掃除をする。
僕が掃除を終えても解体作業は難航している。
マットレスの中身のスプリングなどの鉄の部分の解体作業がなかなか進んでいない。朝から机、ベッドの木枠、棚なんかを解体しまくったのでもう握力がないそうで作業が進まなかった。
一度休憩を入れようと、僕が持ってきたおにぎりを食べ、二人でビールを1缶ずつ飲んだ。6年続いたルームシェアの思い出などは特に話すことはなくどのように作業をするのが効率的かと話した。
僕がニッパーの親玉のような巨大な工具でとにかくマットレスの中身の鉄を細かくしていく。同居人はそれをどんどん袋に詰めていく。
1時間半ほどで解体が終わった。
1畳強あったマットレスがゴミ袋3袋に収まった。
中腰の作業を1時間半した2人はくたびれたがここで寝てしまうと明日の部屋の引き渡しの立会い時に間に合わない可能性があるかもと話をして、ノンストップで他の作業や片付けをした。
疲労と眠気でほとんど会話などもすることなく4時まで作業が続いた。
可燃ゴミはゴミ捨て場に出し、不燃ゴミは歩いて行ける距離の僕の新しいアパートに運び、しかるべき日に回収してもらうことにした。
引越し前と先を2往復したが歩いている間も特に会話などなく、眠気が限界の私は新しいアパートに帰り眠った。
朝、同居人からの電話で目が覚め意識がはっきりしないまま引越し前のアパートに向かい諸々の手続きを終わらせた。
二人で僕の新しいアパートに向かい、昼過ぎまでもう一度眠った。
夜の新幹線で同居人は実家に帰るので、「飯でも食いにいくか」と決め、用事のある同居人は先に、シャワーを浴びて、後から僕が吉祥寺駅まで向かった。
僕の気が向いた時に同居人を誘って吉祥寺駅周辺のご飯屋さんや居酒屋なんかに行っていた。いつものように「あそこはまだ行ったことない」「あそこはこの前行ったけどすごくよかった」なんていう会話で、ステーキ屋かその向かいのお好み焼き屋か落ち合ってから決めることにした。
再び集まると満場一致でステーキ屋に入った。2人とも初めて入る店で、僕ら以外は客はいなかった。
店長とバイトたちの「髪切った?」や「今度のシフトが」などの他愛のない会話を聞きながら、僕たちは「こんなにいい雰囲気の店ならもっとくれば良かった」と話し、それぞれ普段頼むようなものより豪勢な肉とサラダを注文した。
僕は赤ワインを飲み、同居人はビールを飲んだ。
「うまかった」「うまかった」と言い合いほろ酔いの足取りでぶらぶら吉祥寺駅周りを缶コーヒーを飲みながら歩いた。
「どこの自動販売機にゴミ箱があるか知っているのは、住んだ街ってことか」と同居人がつぶやき、2人とも空き缶を捨てた。
同居人は勤務先に挨拶をしてくると言い僕はデパートの屋上で20分ほど時間を潰した。一部大きなイルミネーションで飾られているが、あとはカバーを被せられた子供用のアトラクションが稼働する予定もなく放って置かれて、人は一人もおらず、僕はタバコを吸いながら終わりを意識させられた。
また二人で集まり落ち着いた雰囲気のデパートの中を抜け駅まで向かった。
改札の前で「お世話になりました」と同居人が言い、「こちらこそお世話になりました」と僕が言った。
寸前までそんな気配はなかったのに急に涙が出そうになったが我慢できた。ワインの酔いのせいで目の赤さは誤魔化せたはずである。
大学の後輩で、お笑い養成所を出た後の最初の相方で、6年一緒に住んだ友達と別れ、家に帰る道で改めて、20代から続いていた生活が終わったと感じた。
別段誰かと連絡を取り合うようなことをしない僕の、一番身近な話し相手になってくれる人間との別れは劇的ではなくいつもの生活の中の出来事のように終わった。
特別言葉にする必要のなかった生活の一部が居なくなってしまったので、寂しさをどのように形容していいかわからない。
いつものように生活をしているががらんとしている。
そのうち別なものでそのがらんとした部分は埋まるのか。もしくは今の生活が薄く伸ばされてその部分を見えなくするのか。
明日からの生活のためにドン・キホーテに寄ったが、店内でも何とは無しにぼうっとしてしまっていた。気づくと僕はTENGA売り場の前でぼうっとしていて、無意識に性的快楽でがらんとした部分を埋めようとしていたのかと自分に不安を覚えた。